『日本人の法意識』川島武宜

『日本人の法意識』川島武宜

名著と名高い、川島武宜の『日本人の法意識』を読んだ。1967年の本。川島武宜は法学の権威。

Wikipediaで調べてみると、丸山眞男、大塚久雄とともに戦後民主主義、啓蒙主義を代表する論者と記されている。

題名どおりの日本人の法意識に関して書かれた本。40年ほど前の本だけど、そこで書かれている日本人の法に対する意識はその様な意識を持つ人間が昔よりも少数になる傾向があるとは言え、現在の日本人にもあてはまると思った。

川島武宜の考えでは、権利に疎く、白黒をはっきりつけず、争いごとつまり裁判を悪だと感じているのが日本人だ。そしてそれは西洋風に言えば近代化されていない野蛮な前近代的な人間の心理だと言える。

しかし、このような日本人の法意識には、民族的・文化的な要因以外にも、法の成立においての構造的な歪みに原因ある、と言うのも川島の主張だ。

そもそも日本には権利とゆう言葉が無かった。言葉が無いってことは、そのような概念自体が存在していなかったとゆう事だ。権利とゆう言葉がまだ存在しない江戸時代、その末期の混乱から明治初頭にかけて結ばれた帝国主義列強の不平等条約。

明治時代にドイツ・フランスを手本として作られた、憲法・民法・商法・刑法・民事訴訟法・刑事訴訟法は、日本が西洋諸国と同等の権利を得るために要請され、なかば強引に取り急いでつくられたもの。それはもちろん国民が勝ち取った法では無く、またその当時の国民の実情に見合う法とも言えなかった。このように歪んだ法の成立事情は、本来一つのセットであるはずの「法」と「権利」が歪められた形で根付く要因になった。

戦後GHQに押し付けられた法と、その様に歪んだ明治の法を引き継いだ現在の日本の法も、歪みを抱えたままだ。

この種の社会学的議論がなされる時に前提とされるこの法の歪みは、どうも川島の主張がオリジナルのようだ。小室直樹は川島に師事した。

松岡正剛の千夜千冊『日本人の法意識』川島武宜

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