カポーティ『冷血』感想

カポーティ『冷血』感想

トルーマン・カポーティの『冷血』読みました。

原著『In Cold Blood』は1965年に雑誌ニューヨーカーで連載、1966年に出版され、今回読んだのは佐々田 雅子が訳した2006年出版の新訳。

1959年に実際起こった一家惨殺事件の殺人犯が中心の小説で、殺人犯や刑事、近隣住民に綿密な取材を行い、それをもとに複数の視点から事件を再構築して小説にするとゆう、所謂ノンフィクション・ノベルの手法を確立した。

この手法がジャーナリズムに影響を及ぼし、それまでは客観的、歴史的な視点を重要視していたジャーナリズムから、主観的で会話が多く、ある瞬間的なシーンだけを再現する、といった1960から70年代に流行したニュージャーナリズムと呼ばれるスタイルを生み出した。

冒頭、カンザスの田舎村の描写から始まり、被害者一家の性格を掘り下げるための描写に移る。20ページほどで、次は殺人犯二人の人物にせまる描写。今度は、また被害者一家の描写。と言った具合に、被害者一家と殺人犯を交互に描写しながら、物語は殺人事件が起こるまで進む。

殺人事件の後は、事件を追う刑事についての描写が追加され、事件後の一家とかかわりの村民達の描写を含め、犯人達との描写と交互に描かれる。

小説に一貫して言えるが、一つ一つのエピソードが象徴的で印象的で、実に巧妙で複雑なパターンを持ってること。会話、地の文、心理描写、客観的記述、作者の目線、第三者の目線、過去に遡って。

良識的な田舎の名士である父と、精神的に弱いが優しい母と、人気者であり気取ったところのない娘と、一風変わった自分の世界観を持つ息子の、まさに善良で非の付けどころの無い被害者一家の性格と惨劇が、その一家が何故惨殺されたのかと訝る村民達の動揺が匠に描かれている。

解かれない謎もある。それがノンフィクションとしての真実味を増しているのだろうか。あのタバコの匂いはなんだったのだろう?

この小説は、特異な美意識を持ち、モラルを虚無の彼方へ消し去った神を信じない優しい男ペリー・スミスについて描かれた小説だ。

カポーティが事件の発生から殺人犯の死刑執行に立ち会うまでの約5年かけて取材し、さらに事実上の遺作となったこの小説。二人組の殺人犯のうち、カポーティがその生い立ちや容姿の類似から感情を移入したといわれているペリー・スミス。

カポーティーはゲイで、恋愛感情に似たものがあったのかもしれない。ペリー・スミスの死とともにカポーティの小説は完成し、その最後の小説はペリー・スミスの死を完結としている。

カポーティーも特異な美意識を持ち、神を信じなかったのか。小説中には、宗派による階級差別が事実としてある事を記述している場面があり ((P66,67)) 、どうもそれが皮肉に聞こえてくる。

殺人の動機を、ペリー・スミスが恋をしていた相棒の、理想とのギャップに失望した事であるとして、この小説を読めなくもない。相棒は娘をレイプする事ばかり考えていた。

参考・参照

photo by Esther_G