車谷長吉『贋世捨人』の感想

車谷長吉『贋世捨人』の感想

車谷長吉の私小説『贋世捨人』を読みました。

著者が慶応大学を卒業して、広告代理店や現代評論社で勤めながら小説を書き、失意のうちに故郷に帰って料理場の下働きを何年も転々とし、その後なんとか小説家になろうとするまでの半生を綴った私小説。

現代社会で行き場を見失った古い価値観がところどころに顔を出していました。それは、頑なに運転免許証を拒否する価値観であるし、企業を悪だと断ずる価値観でもあります。しかし、こんなくどい価値観が書かれておりながら、何故か読後には少し澄んだ気持ちになります。

西行のような世捨人になりたいとゆう思い以外には、二、三の女の事と、編集者土方の事、友人谷内の事ぐらいにしか、主人公の心情が表立って現れません。

それと対比されるかのように、暴力と金と思想にまみれた生々しく毒々しい70年前後の現実世界が書かれます。児玉誉士夫、新左翼、総会屋、浅間山荘、ロッキード事件。しかしこれらの事柄が著者によって、あまりにも無常にあまりにも淡々と書かれています。

主人公が勤めた現代評論社での初仕事は、松本健一の『若き北一輝 恋と詩歌と革命と」の校正だと書かれています。この部分が、なにか私小説のリアリティーのような塊となって僕に襲ってきました。それは、僕がこの松本健一の「評伝 北一輝」を本棚に置いているからに違いありません。

小説の登場人物、現代評論社社長を隠れ蓑にした総会屋で児玉誉士夫をバックに持つ鬼頭院和也。調べてみると鬼頭院和也のモデルは木島力也(鬼嶋力也)とゆう人でした。第一勧銀に対してかなりの影響力を持った人物だったようです。

参考・参照

木島力也について